簡単日本史|第9章|鎌倉時代・第2段階

🌊 鎌倉時代②

外国の軍をはね返したのに、どうして幕府は弱くなった?

1274・1281・1297・1333年/文化と仏教
① まず読む・約3分

元寇って、何が起こったの?

🌊 世界の大帝国が日本へ!

アジア各地に勢力を広げたモンゴル帝国の皇帝フビライは、国号を元として日本にも使いを送り、服属などを求めた。幕府が応じなかったため、元・高麗などの軍が九州北部を攻めた。幕府側の中心人物は執権北条時宗。

1274
文永の役:元・高麗などの軍が九州北部を攻めた。
1281
弘安の役:再び大軍が来襲。日本側の防衛や暴風雨なども影響し、元軍は撤退。
1297
永仁の徳政令:借金に苦しむ御家人の土地などを守ろうとした政策。
1333
鎌倉幕府滅亡:後醍醐天皇が倒幕を進め、足利尊氏や新田義貞らが幕府に反旗を翻した。
「神風だけで勝った」は説明不足。
日本の武士たちの戦い、海岸の防備、元軍の事情、天候など、複数の条件が重なった。台風・暴風雨だけが唯一の原因ではないよ。
② 理由を考える・約3分

勝ったのに、なぜ御家人が困ったの?

① 元寇で御家人たちは戦った
九州に集まって戦い、長い警備にも費用がかかった。
↓ しかし
② 勝っても新しい土地を分けにくい
外国の軍を追い返した戦いなので、幕府が新たに手に入れた土地は少なく、十分な御恩を与えにくかった。
↓ その結果
③ 生活に困る御家人が増える
借金や土地の分割相続などの問題もあり、幕府への不満が広がった。
↓
④ 1297年 永仁の徳政令
幕府は、売った土地を取り戻せるようにするなど御家人を助けようとした。ただし根本的な解決にはならなかった。
③ 文化を知る・約4分

鎌倉時代の仏教と文化を整理しよう

武士や庶民の生活が大きく動く中で、仏教の教えが広く伝わり、力強く現実的な彫刻や文学も生まれた。

人物仏教の宗派覚えるポイント
法然浄土宗阿弥陀仏を信じ、念仏を唱えることを説く。
親鸞浄土真宗法然に学び、阿弥陀仏の救いを説く。
一遍時宗各地を旅し、踊り念仏などで教えを広めた。
栄西臨済宗禅宗を伝え、坐禅を重んじる。
道元曹洞宗坐禅を重んじる禅宗の教えを広めた。
日蓮日蓮宗法華経を特に重んじ、題目を唱えることを説いた。

※ 法然の活動は平安時代末期に始まっている。これらの宗派が鎌倉時代に一斉に突然生まれたという意味ではないよ。

作品・文化財だれ?/何?
東大寺南大門の金剛力士像運慶・快慶らが制作。力強く、筋肉や表情が生き生きした彫刻。
平家物語源氏と平氏の争いなどを描く軍記物語。「盛んなものも、いつかは衰える」という無常観が特徴。
方丈記鴨長明が、災害や世の中の変化を記した随筆。
新古今和歌集後鳥羽上皇の命で編まれた勅撰和歌集。
④ 歴史の結末・約2分

鎌倉幕府はどうして終わった?

🏯 幕府はどうして倒れた?

御家人の困窮、幕府内の対立などで幕府を支える力が弱まる中、後醍醐天皇が幕府を倒す動きを進めた。1333年、足利尊氏が京都の六波羅探題を攻め、新田義貞が鎌倉を攻めて幕府は滅亡した。

次の時代につながるポイント: 幕府が倒れたからといって、すぐに落ち着いたわけではない。後醍醐天皇の建武の新政を経て、足利尊氏らが新しい武士の政治を進め、室町時代へ続いていく。
⑤ 完成ノートを写す・約4分

因果関係を一枚にまとめよう

📓 完成ノート見本|鎌倉② 元寇から幕府滅亡|日付__月__日
鎌倉② 元寇から幕府滅亡
① 北条時宗のとき、元・高麗などの軍が来襲:1274年 文永の役/1281年 弘安の役。
② 元寇後:新しい土地が少なく御恩を与えにくい。御家人の借金や不満が増える。
③ 1297年 永仁の徳政令:御家人の土地などを守ろうとしたが、十分な解決にならない。
④ 仏教:法然=浄土宗/親鸞=浄土真宗/栄西=臨済宗/道元=曹洞宗/日蓮=日蓮宗/一遍=時宗。
⑤ 文化:運慶・快慶=金剛力士像/鴨長明=方丈記/平家物語。
⑥ 1333年 幕府滅亡:後醍醐天皇の倒幕運動、足利尊氏と新田義貞らの戦い。
⑥ 紙で再現・約6分

自分の言葉で理由まで書ける?

✏️ 1. 1274年と1281年の2つの戦いを、名前と年号をセットで書こう。

まず紙に書こう。ノートの見本を見ずにできるかな?

書き終わったら答えを見る
1274年=文永の役
2度の元軍来襲(元寇)
1281年=弘安の役
✏️ 2. 元寇で「武士は戦ったのに、幕府に不満が出た」理由を2文で説明しよう。

まず紙に書こう。ノートの見本を見ずにできるかな?

書き終わったら答えを見る
例:御家人は元軍と戦って多くのお金を使った。しかし外国の軍を追い返した戦いなので、新しく与える土地が少なく、十分な御恩を受けられなかった。
✏️ 3. 法然・親鸞・栄西・道元の4人を、宗派と対応させて表にしよう。

まず紙に書こう。ノートの見本を見ずにできるかな?

書き終わったら答えを見る
人物宗派
法然浄土宗
親鸞浄土真宗
栄西臨済宗
道元曹洞宗
✏️ 4. 1333年、誰がどこで戦ったのか、京都と鎌倉の2か所で整理しよう。

まず紙に書こう。ノートの見本を見ずにできるかな?

書き終わったら答えを見る
京都:足利尊氏が六波羅探題を攻めた
幕府の勢力が弱まる
鎌倉:新田義貞が幕府を攻めた

後醍醐天皇の倒幕運動もセットで覚えよう。

⑦ 3秒暗記・約3分

見ないで言ってから答えを開こう

🧠 1274年に元軍が攻めてきた戦いの名前は?
紙に書けたら答えを見る
文永の役
🧠 1281年に元軍が再び攻めてきた戦いの名前は?
紙に書けたら答えを見る
弘安の役
🧠 元寇のとき幕府の執権だった人物は?
紙に書けたら答えを見る
北条時宗
🧠 1297年に出された、御家人の土地などを守ろうとする法令は?
紙に書けたら答えを見る
永仁の徳政令
🧠 浄土宗を広めた人物は?
紙に書けたら答えを見る
法然
🧠 浄土真宗に関係する人物は?
紙に書けたら答えを見る
親鸞
🧠 東大寺南大門の金剛力士像を造った仏師たちは?
紙に書けたら答えを見る
運慶・快慶ら
🧠 1333年、鎌倉を攻めて幕府を滅ぼす戦いで中心となった武士は?
紙に書けたら答えを見る
新田義貞
⑧ 選ぶクイズ・約6分

誤答も「何のことか」までわかる!

選択肢の違いを確認して、外したら「正しい時代・人物・意味」を一行で書こう。

1. 1274年の元軍来襲は何と呼ばれる?
2. 1281年の元軍来襲を何という?
3. 元寇のとき、幕府の執権として対応したのは?
4. 元寇のあと、御家人の不満が増えた大きな理由は?
5. 1297年、借金などで苦しむ御家人を救おうとして出されたのは?
6. 浄土宗を広めた人物は?
7. 曹洞宗と関係が深い人物は?
8. 運慶・快慶らの代表的な彫刻作品は?
9. 『方丈記』を書いた人物は?
10. 1333年、鎌倉を攻めた武士は?
11. 1333年、幕府を倒す動きを進めた天皇は?
⑨ まとめ・30秒

鎌倉時代を一言でいうと?

土地を守る約束で結びついた武士の政治が始まり、元寇後の恩賞不足や経済的な問題で幕府を支える力が弱まった時代。次は、室町時代につながっていくよ。

🎯 まちがえた問題だけ、明日の朝に「見ずに書く」。全部を何度も写さなくて大丈夫。

📚 もっと調べたいときの参考資料

歴史の年号や史実を確認するときに役立つ資料です。