🏯 室町時代①
鎌倉幕府が終わったあと、なぜ京都に新しい幕府ができた?
1338・1392・1404年/尊氏・義満・勘合貿易鎌倉幕府が倒れた後、どうなった?
1333年に鎌倉幕府は滅びた。しかし、次の政治のやり方をめぐって、天皇と武士の考えがぶつかったんだ。
👑 後醍醐天皇の挑戦
後醍醐天皇が始めた建武の新政(1333年〜)は、天皇を中心とした政治を立て直そうとするもの。ところが、武士たちへの恩賞や政治の進め方などに不満が生まれ、足利尊氏らと対立するようになった。
なぜ「室町幕府」と呼ぶの?
幕府は京都に置かれ、3代将軍足利義満は京都の室町に大きな屋敷を構えた。だから「室町幕府」と呼ばれるよ。
⚔️ 足利尊氏・初代
新しい武士の政治を始める。鎌倉ではなく京都を拠点にした。
👑 足利義満・3代
南北朝の合一を進め、幕府の力を強めた。室町幕府の全盛期を築く。
🛡️ 守護大名って、何?
鎌倉時代の守護が、室町時代には各地で権限や土地からの収入を増やし、大きな勢力を持つ守護大名へと成長。将軍は強い守護大名たちの協力も必要だった。
義満はなぜ外国とつながったの?
🚢 1404年・日明貿易(勘合貿易)
足利義満は中国の明(みん)と交流を進め、1404年ごろに勘合を使った貿易が始まった。勘合(かんごう)は、正式な貿易船かどうかを確かめる割り札。海賊の倭寇(わこう)と区別するためにも使われた。
日本から
銅・硫黄・刀剣(とうけん)など
明から
生糸・絹織物・陶磁器・銅銭など
🌏 琉球王国は海の貿易で活躍
1429年、尚巴志(しょうはし)が沖縄本島の三つの勢力をまとめ、琉球王国が成立。中国・日本・朝鮮・東南アジアなどの間で品物を売り買いする中継貿易が栄えた。日本の室町幕府とは別の国だったよ。
✨ 北山文化(きたやまぶんか)
足利義満が建てた金閣(鹿苑寺金閣)が代表。貴族の華やかな文化と、武士・禅宗・中国の文化が組み合わさった。能は観阿弥・世阿弥の親子らが発展させ、義満が保護した。
金閣=足利義満・北山文化。銀閣=足利義政・東山文化(次のページ)。
大事なことを一枚にまとめよう
紙に書くと、理由まで覚えられる
ノートを閉じて、紙に自分の言葉で書こう。
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| 北朝 | 京都。足利氏の幕府が支持した朝廷。 |
|---|---|
| 南朝 | 吉野(奈良県)。後醍醐天皇らの朝廷。 |
| 結末 | 1392年、足利義満の時代に合一。 |
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| 政治・外交 | 1392年 南北朝合一/明との勘合貿易 |
|---|---|
| 文化 | 北山文化/金閣/能(観阿弥・世阿弥) |
答えを隠して、一気に思い出そう
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誤答も「何のことか」までわかる!
選んだ選択肢について、正解・不正解の理由が表示されます。間違えた選択肢も意味を覚えよう。
この時代を一言でいうと?
天皇中心の政治に不満を持った武士たちの動きから新しい幕府が生まれ、足利義満の時代に南北朝の対立が終わり、貿易や北山文化が発展した。
年号や史実の参考資料
詳しく確かめたいときの公式資料・解説。
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